話し合いで物理
話合いで算数を教えるアメリカの授業実践を2回にわたって紹介した。今回は、やはりアメリカの実践なのだが、話し合いで物理を教える実践を紹介したい。
これは、Learning By Design(デザインによる学習;LBDと略記する)というプロジェクトで、ものづくりを通して物理を理解させる。そう聞くと、「あのタイプは、生徒は喜ぶけれど、作るだけで終わってしまうことが多いな」と思われるかもしれない。このプロジェクトはそこをなんとか突破して、物を作りつつ物理―ものごとのことわり―に迫れる授業を目指している。
そもそもこのプロジェクトのリーダー、Kolodnerさんの志はかなり高い。彼女の授業作りの原理をまとめて言うと次のようなことになる。物理に限らず、科学的な研究の成果は、一般に抽象度の高い方がいい。本物の科学者でもこういう抽象度の高い理論を作るのは容易な作業ではなく、思いつきをさまざまな角度から検討し厳密な実験と評価を繰り返して、長い時間をかけて吟味する。こんな難しいことがプロの世界ではなぜある程度うまくいっているかというと、それは一人一人の物理学者なり工学者なりが一人でこの過程全部を引き受けて頑張っているからではなく、たくさんのアイディアについてたくさんの科学者が、情報を交換したり、相互に相手の考えを借りて吟味しあったりして、こういう努力を協調的に続けているからだ。ならば、学校の授業でも、これと同じような情報交換とものづくりによる実証吟味のサイクルを協調的に、しかも繰り返すことによって、「物理の意味が理解できる」授業がつくれるはずである・・・。
たとえば、LBDプロジェクトでは、中高生がグループに分かれて、「風船と輪ゴムだけを動力に、段差を越えてできるだけ遠くまで走る車、バルーン・カー」を作る。その手順を紹介しよう。(一連の車作りの中の一つの例なので、生徒たちは、この前に位置エネルギーだけで走る「コースター・カー」を作っている。)
1) 課題を理解する
ここでの課題は「風船がしぼむ力で平面をなるべく遠くまで走る車を作れ」というものである。生徒たちはまず、エンジンとしての風船の機能がどのくらいのものか見当をつけるため、車体の上に発泡スチロールカップと風船、ストローをつけただけのシンプルな車をもらって、20分間手当たり次第に調べる。すると、風船の大きさやストローの長さ・太さなどさまざまな要因が車の走行距離に関係していることが分かってくる。「ストローを2本つけたらすごく遠くまで行った」、「ストローを短くすると長くしたときよりたくさん走った」などの意見をクラス全体でまとめ、「太いストローの方が遠くまで行くのは、一杯空気が出れば力も一杯出るからだろう」などの「説明(仮説)」を作る。教員は、生徒の素朴な疑問を実験で答えを出せる形に変える手助けをする。
2) 実験で調べる
生徒たちはグループに分かれて、上の話し合いで出てきたストローの長さや本数、直径、風船に含まれる空気の量などなど複数の要因のうち、良い車を作るために一番調べておきたい要因を決める。その効果を調べる実験計画案も自分たちで決める。実験計画づくりの手助けとして、教室の壁には「実験は毎回同じ手続きで試行する」、「比較のためには調べたい要因以外は統制する」といったよい実験方法に関する経験則が貼られている。毎回各自が記入することになっている「実験ノート」にも、仮説や予測を分けて書く欄があったり、実験する時に注意することが書いてあったりする。
グループで実験してデータを集め、実験計画とデータ、考察をすべてポスターにまとめてクラスで発表する。発表ではいろいろな議論も起きる。例えば、風船に吹き込む空気の量がグループごとに違っていることに気づいて、息の回数や風船の直径を統一しようという取り決めが提案されたりする。こういう議論と実験のやり直しを繰り返してどのグループも実験が段々うまくできるようになる。
実験結果が信頼できるものになってきたら、クラス全員で結果をまとめ、例えば「遠くまでバルーン・カーを走らせるには、ストローの本数を増やすとよい。なぜなら、空気がバッと出て力がたくさん車にかかるから」といった「よいバルーン・カー作りのための経験則」を作る。経験則の根拠の説明には、関連文献やエキスパートの仕事をまとめたもの(ケース・ライブラリ)を利用したり、教員が講義したりもする。それらを受けて生徒たちは、「吹き出す空気の量が同じなのにストローの本数を増やすといいのは、一気に空気を吹き出して車の動力を強くすると、加速度をつけられるからだ。バルーン・カーは風船がしぼんでからも長い距離を走るので、加速度をつければ滑走に入る時の速度が速くなって、速度がなくなるまでの時間を長くできる。」など、なぜその経験則が有効なのかについてより科学的な説明ができるようになる。
3) バルーン・カーをデザインする
実験を終えたらいよいよバルーン・カーを作る。作る前に、材料にどんな物理的な制約があるか、完成の基準は何か、などを整理する。車体とカップ、さまざまなタイプの風船とストローを材料として渡され、デザインのプランを立てる(教員はグループを回って相談に乗る)。生徒はプランをポスターにして発表する。デザインの内容だけでなく、デザインが実験結果や力学原則に基づいているかにも互いに注目して議論させる。
ポスターセッションでの話し合いを元にデザインを修正し、実際に車を作って走り具合いをテストする。1回目のデザインで満足のいく作品ができるグループはほとんど無いので、グループごとにデータを取ってうまく行ったところや行かなかったところについて原因を話し合う。
一回目の走行テストのあと、生徒たちは作品を互いに見せ合う。どうやって作ったか、テスト結果はどうだったか、どんな点がうまくいき、どんな点が失敗したのか、それはなぜだと思うか、次はどう改善したいかを説明する。教員は、発表を聞いていて、必要なら、関連文献やケース、実験デモ、講義を追加する。
このように、デザインプランを練り直し、車を作ってテストし、結果を公開する、というサイクルを2~3度繰り返す。数回繰り返すと、デザイン同士を比較するときどんなことに気をつけたらいいかも見えてくる。具体的には「複数の要因を一度に変えてデザインすると何が改善の要因になったのか分からない」、「毎回同じ手続きでテストしないとデザインの改善によって結果がよくなったのか、それとも手続きを変えたせいで結果が変わったのかが分からなくなる」など、実験のやり方についての経験則とデザイン評価の経験則が結びついてくる。
最後に完成作を公開し合ってコンテストを行う。中には20~30m走る車も出てくる。この課題の締めくくりとしては、実践を通して分かったことを、生徒一人一人がレポートにまとめる。学生の理解度とその定着度は、もともとは物理大嫌いタイプの生徒でさえ、かなりのものだという。
LBDでの協調活動には、もう一つの工夫が隠されている。実は、生徒に生産的なグループ活動をさせることそのものが案外難しい。LBDでも、最初のうちは、グループ活動が遊びや競争になってしまって、科学の学習に結びつかなかったり、教員がデザインの難しいところを手助けしすぎてしまったりといったさまざまな問題があったのだそうだ。そこで工夫されたのが「打ち上げ(launcher)」プロジェクトである。そこでは例えば、生徒はまず「3×5インチの紙カードとゼミクリップ、輪ゴムだけ机の面から10cm本を持ち上げられる書見台を10分で作れ」といった、短時間でできてしかもさまざまなアイディアが出やすい課題に取り組む。一回作って互いに見せ合いもう一度同じことをやると、他のグループのアイディアを借りるところが出てくる。そういう機会を利用して、教員は「科学者もいつも他の人から知恵を借りている、けれど、そうするときにはきちんとした借用ルールがある」ことを説明する。ついで、「一円硬貨にスポイトの水滴をどれだけたくさん乗せられるか」をグループに分かれて競う。最初は測り方を統一しないので、「15から20滴」というグループから「80から100滴」というグループまで大きな差が出てくる。それを機会にどうすれば互いに「信頼できる」結果を出すことができるかを話し合わせ、実験するときには手続きを統一することや調べたい要因以外を一定に統制することの必要性を理解させる。
打ち上げユニットでは、こういった体験の後、映画「アポロ13」をみせて、科学者が、お互い異なった意見を持ち寄り、証拠をあげて吟味し、目的に応じて妥協するといった行為を日常的にしていることを確認する。最初はこのユニットの必然性をそれほど認めない現場の先生たちも、一度これを自分の授業でやってみるとその後もこれをカリキュラムの最初に使い続けるようになるそうである。こういう手探りのやり方は、やはり現場の先生方と志の高い研究者との親密な協力関係がないとうまく進まないということなのだろう。