えるふ第3回 経験から知識を作る

人は,なんども同じことをやっていると,段々うまくなる。本人は「同じ」だと思っていても実際には少しずつ違った経験を積み重ねている。そういう時,人は,少しずつ違ったたくさんの経験の一つ一つを覚えているのではなく,それらに共通して利用可能な部分を抽象化して,他の似たような課題にも使える知識を作り上げる。そのようにして作り上げられた知識を認知科学の用語で「スキーマ(schema)」と言う。

スキーマとはどんなものなのか、「感じて」みるために,以下の問題を解いてください。読み勧めてしまう前にほんとに一度、解いてみることをお勧めします。

曜日計算:火曜日+水曜日=金曜日 という式が成り立つ時,
月曜日+木曜日 の答えは何か?

初めはなんのことだか分からないかもしれないが,しばらく考えている内に,「あ、答えはこれも金曜日かも」と気づかれるのではないか?そのプロセスをもっと細かく説明してみると、例えば、月曜を1としてみて、水曜は3だから,火曜日+水曜日は2+3で答えは5、5番目の曜日は確かに金曜日である。同じ理屈を使うと,月曜日+木曜日は1+4=5で,答えは同じく金曜日になる・・・こんな風に人は,初めての問題を解く時には,それまでに知っている知識をあれこれ使って,その場の辻褄が合う説明を見つけて問題を解く。その意味で、私たちに「問題を解かせてくれる」のも、前回、前々回の話同様、私たちが内的に持っている知識である。

この「曜日計算」問題を解いた経験も、やりようによってはちゃんと「知識」と呼べるような形をもったものになる。これと同じような問題を何十題も解くことになったら,あなたならどうするだろう?欄外にたくさん並べたので、実際解いてみていただきたい。

月曜+水曜=
土曜+月曜=
火曜+金曜=
月曜+火曜=
火曜+木曜=
水曜+月曜=
日曜+水曜=
木曜+土曜=
日曜+金曜=
金曜+日曜=
木曜+火曜=
金曜+金曜=
土曜+火曜=
水曜+木曜=
火曜+火曜=
水曜+日曜=
水曜+日曜=
水曜+水曜=
水曜+日曜=
火曜+土曜=
金曜+水曜=
月曜+金曜=
火曜+水曜=
月曜+土曜=
日曜+金曜=
月曜+火曜=

いかがでしたか?解いている最中に人はいろいろな工夫をする。初めは一題ずつ順番に解いていくが,そのうち「日曜日を足すときには足される曜日そのものが答えになる」「月曜を足すなら足される曜日の次の曜日が答えになる」などの規則を見つかりはじめ,それを適用するようになる。つまり人は、少しずつ異なった問題を繰り返し解くうちに,それらの中から共通するパタン(例えば「A+日曜日=A」)を取り出して,規則として抽象化する。こういう知識は一旦できるとあとの処理が格段に速くなる。さらに,「+月曜が次の曜日なら,+火曜は次の次の曜日」であることに気付くなど,規則があるとそこからまた別の規則が生まれやすくなる。

さて,曜日計算に強くなったら,次にもう一題,問題をやってみていただきたい。

m+b=

解けましたでしょうか?どうやって答えを出しました?

良くある答えは英文字の“o”である。先の曜日計算をたくさん解いた経験のある大学生を相手に実験してみると,3,4割の人が、「bを足すならmの次の次の文字だろう」という方略を使ってこの問題を解く。曜日計算を繰り返し経験して作った「火曜日を足すなら次の次の曜日」という「規則」がm+bという曜日以外の項目を使った新しい問題にも適用されている。つまり,ここで起きているのは,曜日計算を何度もやっただけなのに、今まで全く見たことがない新しい問題に適用できるような一般的な形の知識を作り上げていた、というようなことだろう。この「より適用範囲の広い」形にまとめられた知識のかたまりのことを認知科学ではスキーマと呼ぶ。考えてみれば、m+bの問題は、答えの例がないから、aを1とおいていいのかどうか、わからない。けれど、曜日計算をたくさん解いた後にこの問題を出されてそのことを気にする人はほとんどいない。人は,似たような問題を繰り返し解く経験を自分で整理しながら,こういう「他のことにも使える」知識を,なかば無意識的に蓄積し,少しずつ新しい問題が解けるようになっていく。ある意味、人の知識は、柔軟な適用を可能にする程度に、いいかげん、なのである。

人が一人一人自分の経験することをこうやって整理しながら学習しているのだとすると、人の知識は「自分で作る」ものである。他人が整理した結果を「話し(講義)」の形で聞くのと,自分で経験して抽象化するのとでは使い勝手が異なってくることもあるだろう。最近、「学び」についての議論がさまざまに取りざたされているが、学習者自身が自分で体験することを大切にし,経験したことを人と話し合ったり,ことばでまとめたりといった活動が大事だということについて、基本的には異論がないだろう。こういう知見の背景にも、認知科学が理論的な根拠を与え得る。